カンロニン:用法用量を守って正しくお使いください

I will be able to teach zazen, the sitting-meditation, to everyone in English.都内にある禅宗寺院の中の人。仏教、イベント、本、教育、組織、アナログゲームなど、日々考えていることを綴ります。現在仏教になじみのある方、まったく興味のない方、みなさまに読んでいただけたら幸いです。

【レポート】仏教音楽コンサート「聲奏一如vol.3」に。

1月25日の日曜日、仏教音楽コンサート「聲奏一如vol.3」へと行ってきました。


松島龍戒 オフィシャルサイト

もやいの碑、りすシステムにて有名な功徳院の方々。お他宗の方々と一緒に出演。音楽にのせて仏教を伝える講演会に、満員のお客様が感動していらっしゃいました。

仏教を伝える。宗教の本質を「祈る」こととして、音楽を通じて表現する試み。とても新しいことです。しかし、音楽のもとを突き詰めていくと仏教音楽といわれる“声明”に帰ります(諸説あり)。新しいと思っていたものをたどれば、古いわけです。むしろ、古くて新しい試み。そんな仏教音楽コンサートでした。

演者側からのお話しですが、とても良かったです。いま振り返り、思い出し、考えますと、こういったところが私のつたない感性に響いたのかなと感じいります。

感覚に訴える、「音楽」という表現方法。

やっていることは同じでも、伝えたいこと・表現したい・やりたいことが違う。・・・現実にあると思います。たとえば、托鉢です。有楽町駅前や銀座の交差点にいる、虚無僧のような格好をしている人を見たことはありますか?
彼は托鉢といって修行をしているわけですが・・・本物でしょうか。我々からすると、<たぶんニセモノなのだろうな>という認識です。理由は色々とあるのですが、たぶん本物ではないのでしょう。
修行のひとつとして托鉢をしている、本気の托鉢僧もいるかもしれません。しかし、きっと都内の有楽町駅前や銀座の交差点にいる彼らは、托鉢という行為・やりたいことは同じでも、修行道場から托鉢をしている雲水さんたちとは、意味が違います。
駅前の彼らは食い扶持を集めるたいだけなのかと・・・(アジロ笠の裏に、般若心経のカンペが貼ってあったり/チリンチリン無駄に鳴らしたり)。

しかし、やっていることは違うけれども、伝えたいこと・表現したいこと・やりたいことは同じ。・・・これも現実にあると思います。
仏教音楽コンサートは、まさに“普通のお経とは違うけれども、仏教を伝える姿勢として同じ”でありました。言葉でくどくどとお話しすることで、すべてがまるっと伝えられるかどうか分からない部分もございます。音楽という感覚に訴えることで、言葉では伝えきれない部分までサラリとお届けすることができる。この可能性も見ました。

また、音楽であること・コンサートであることの醍醐味に通じる部分としても、以下2点があると思います。

一方的にお話をする形などではない、「コンサート」という受ける側の姿勢づくりの良さ。

コンサートですから、壇上と客席が向かい合っています(向かい合う図の例)。
http://www.flickr.com/photos/17562308@N02/5050812025
photo by Kmeron

ふだんのご法要では、仏さまを仰ぎ見るようにして、導師・脇侍である僧侶も、檀信徒のみなさまも、座っております。みなさんで同じ方向を向いているわけですね。しかし、コンサートでは我々が向かい合います。(仏さまの立ち位置をどうするか?という点は宗派によって様々。今回は壇上の上部に曼荼羅を掲げさせていただいておりました。)
この向かい合うことの大切さとは、今回参加してくださった方々だけが経験できることです。もちろん法話といったものは、僧侶が皆さんに対峙してお話しいたします。向かい合っているわけではありますが、それは“本当に”向かい合っている、と言えるのか考えさせられました。
どうしても一方的にお話しする形になってしまいがち・・なのではないかと(「こうなんです、こうなんです」と押しつけがましく)。もちろん聞法の良き点もあります。

今回は「コンサート」でございました。来てくださる方々は、聞きたい!という姿勢をすでに調えてくださっていらっしゃる。また、準備などしていない方々にとっても、「コンサート」というイメージを通して、心を開いてくださっていたのではないかと感じました。

対面した参加者と作り上げるコールANDレスポンスのきく、「ライブ」という即興性。

普段の法要という時間・場所とは、参加する側・聞く側の意識が違いました。その違いは、ライブにおけるコールアンドレスポンス(独唱にたいして、復唱/合唱)・レスポンソリウム(応唱)として現れました。
コンサート半ばに、三歸依文・十善戒・真言といった“お唱え”が導師のもと行われます。導師の呼びかけに対して応唱することで、参加者が出演者にもなる。この妙義。

また、ライブであり、対面であり、音楽という、壇上へと皆さんの反応がすぐに返ってくる場であること。この時間と空間をみなさんで作りあげている感覚は、会場でしか味わうことのできない・肌で感じるしかない良さがあったのでした。


参加者のおかげで、参加者の方々がいらっしゃるからこそ、このコンサートが完成している。まさに、音楽と仏教の良いところを掛け合わせた講演会でした。
本当に本当に、良かったです。主宰 松島師や楽器演奏者の方々の心意気、志ともども、とても身に沁みました。
上っ面をさらう言葉のようですが、この有難いご縁に深く感謝いたします。珍重!次回も楽しみです。



声明音楽ライブ 聲奏一如VOL.1 「般若心経」 - YouTube