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カンロニン:用法用量を守って正しくお使いください

I will be able to teach zazen, the sitting-meditation, to everyone in English.都内にある禅宗寺院の中の人。仏教、イベント、本、教育、組織、アナログゲームなど、日々考えていることを綴ります。現在仏教になじみのある方、まったく興味のない方、みなさまに読んでいただけたら幸いです。

ボツネタ【コラム】見えない絶望

メモ

ボツにしたものです。

【コラム】見えない絶望

この護寺会便りがみなさんのお手元に届く頃には、都知事選は終わっているでしょうか。テレビ・ラジオ・新聞という大手メディアでは主要三名をいかに褒めるかだけに終始しているように思えます。
選挙カーが名前を連呼するのは、聞いたことがある名前に親しみを持ってもらうことで投票されやすくするためです(単純接触効果)。
どちらも知名度を上げることだけが目的であり、本当にわたしたちが知りたいことを伝えてくれるものではありません。ではなぜ大手メディアはそうしてくれないかと言うと、メディア受けするだろうという考えです。あとで叩けるように、いま叩けるように、刹那的に見える部分にくいつく。
東京都の代表者・わたしたちの代務者としての都知事を選ぶ選挙を、エンターテイメントとしての消費にしてしまっている大手メディアや私たちは反省する必要があります。また、選挙とは人気投票ではありません。「AKB選挙」のように、はじめからエンタメであるならば別ですが。
日本という場所にはいろいろな問題が見え隠れしています。たとえば、

  • 労働人口等、日本の人口の減少をどのように捉えて対応するか
  • 超高齢の方や子ども等、社会的弱者への福祉サービスのありかた
  • テロや災害への防御と平和外交
  • 教育と貧困への対策

病は気から。たしかに気持ちの部分はあるでしょう。そして日本人は根性論が得意で、大好きです。日本仏教も根性論が大好きな面もあります。しかし、根性では人口減少は止められません。根性論のうしろにあるのは、「このまま突き進む・改善していけば何とかなる」という楽観視です。モーレツ根性論による高度経済発展をとげた功績は素晴らしいものですが、人々は根性論の見通しの無さに気づきました。そして、そんな人々に対して、事態を収拾してくれると思わせる、世論を攫う言葉がでてきました。“改革”です。
“改革”という言葉が以前流行してからというもの、選挙や政治には「**を変える」という言葉がつきまとっています。
その言葉に対して「辛抱強く付き合うから、変えてくれ」という意思表示の一票をわたしたちは示せていたでしょうか。
「淡い期待にこたえてくれるなら」「自分たちだけを守ってくれるなら」「むかつくヤツをこきおろしてくれるから」「一度白紙にしてくれるなら」と、自分の無闇な破壊衝動に惑わされたくはないはずです。
上記にありますが、ぱっと考えただけでも多くの問題が日本にはあります。そして、問題はそれぞれに繋がっています。故に「これだけをすれば大丈夫」という解決策はないことは明確です。確かにひとつのことだけを、細かいことだけを改善していくことは大切です。しかし、さらに必要なことは、多くの問題を俯瞰して眺められること、口だけではなく具体的政策を行っていくだけの地道な力。

原子力発電所には使用済み燃料という片付けられないゴミ問題がついてまわります。東日本大震災もあり超大問題だと分かったはずが、いまでは取り沙汰されません。「見えない絶望」が日本中に残っています。
目には見えない絶望がまわりにある。そんな絶望を希望に変えるにはどうすればいいでしょうか。
見えるものだけを頼らない。絶望を直視しないまま刹那的に日々を暮らさない。リアリティを持って絶望や希望を感じられるよう気をつける。絶望に耐えうる体力をつけておく。自分の人生や現世とつながりのある世界を想像しながら暮らしていく。そして、絶望を感じたときに具体的な解決策をつくっておく。
抽象的なことばかりですが、簡単な言葉では語ることなど出来ないようです。