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カンロニン:用法用量を守って正しくお使いください

I will be able to teach zazen, the sitting-meditation, to everyone in English.都内にある禅宗寺院の中の人。仏教、イベント、本、教育、組織、アナログゲームなど、日々考えていることを綴ります。現在仏教になじみのある方、まったく興味のない方、みなさまに読んでいただけたら幸いです。

犬より猫派?

陽岳寺には檀信徒専用のワンちゃんネコちゃんのお墓があります。
お骨をお納めする志納の目安・・・というのが、ちょっと手が届きにくいのかなと思っています。このワンちゃんネコちゃんのお墓には、普通の御家の墓石とは違うところがありまして。
それは、「プレートを貼る」のです。名前やいつ亡くなったのかを刻んだ手のひらサイズのプレート。さらにお願いすれば、ワンちゃんネコちゃんの顔写真を点描法でうまーく表現できるのですね(いい写真を必要とするのですが)。このあたりを石屋さんにお願いするところに、まぁちょっと手間賃というか・・・。

犬より猫派?

さて、今日テレビを拝見しておりましたら、「ネコ」をテーマにした特集が放送されていました。
ネコカフェ、ネコのシェアハウス、ネコのアプリが流行しているとか。
http://www.flickr.com/photos/28145073@N08/6672148713
photo by Moyan_Brenn

ペットロス(ワンちゃんネコちゃんを亡くした喪失感、悲しみ)という言葉が知られるようになった昨今。自分の子どもや家族のように、家で飼っている動物を扱うことが当たり前である、と考える人が大変増えてきたということなのでしょうね。
家で飼っている動物たちといえば、犬、猫、鳥、魚といったところでしょうか。その筆頭は、犬や猫(H12参照、H22参照)。それなりの大きさ、表情があること、知性(反応してくれること)が理由と考えてみましょう。

内閣府の動物愛護に関する世論調査(H12参照、H22参照)によれば、ペットとして飼われている動物には、犬が6割だとか。
わたしの個人的なイメージでいえば、「日本人が飼う動物といえば、犬」。
ただテレビの特集では、ネコという選択肢もあるんだよ、流行しているんだよ、と言っていたわけで・・・。


なぜネコなのか?そこには、わたしたち人間による、家族の形や一緒にいてほしいペットへの期待感の変化・・・が関係しているのかな?と考えてしまいました。
これもまた私見ですが、犬へのイメージと猫へのイメージが違っており、その違いが時代の変遷にマッチしているのではないかと。

家畜化の歴史と、「私たち人間にとって、どのような存在でいてほしいか」という期待感

愛玩動物としての犬ではなく、仕事を一緒にしてくれるパートナーとしての犬の歴史(牧羊犬、アナグマを狩るため、荷物の運搬や警備など)、同様にネコのパートナー化の歴史(猫の家畜化)。それぞれを見てみると、犬は人間が飼いならしてパートナー化したけれども、ネコはネコ側から人間と共存を図ってきた文脈があるらしいと取ることができそうです。
主従関係を人間側から求められてしまった犬は、愛玩動物としての素質がありありと想像できます(忠犬ハチ公など)。人間の手によって守ってあげたい、人間の私たちを守ってもらえる。人間にとって都合よく、どちらの役割も果たすことができる犬。そんな犬は、仕事のパートナーからペットとして幅広いニーズに応えてくれるのでした。

しかし、ペットという存在に対して、現代の私たちは上記のような役割ばかりを求めなくなりました。なぜならば、ペットを飼うというのは大変だからです。たとえば、散歩。たとえば、グルーミング。
猫といえば、犬よりは、世話のいらない動物というイメージが先行してあります(もちろんそんなことはなく、トイレなど世話は大変です)。


テレビの特集では、シェハウスのなかで人間よりも、自由勝手に猫が歩いておりました。パソコンの上をヒタヒタ、壁をカリカリ。かといって人間の様子もうかがいつつ、ちゃんと自分のことを気にしてくれているかチェックする。あまり過干渉がすぎると嫌がってしまう。そんな猫。
なにか、現代人の気質と似ているなと。
現代人の気質と似ている猫に、私たち人間は暮らしのパートナーを求めるのではないかと。
cakes.mu


決めつけのすぎるお話でした。しかし、そんなカメラ撮影の視線をテレビの特集に見てとれたものですから・・・。猫とともに暮らしたことがないので想像もすぎるのですが、そんなイメージ。
猫寺なんて、どうですかね。

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