カンロニン:用法用量を守って正しくお使いください

I will be able to teach zazen, the sitting-meditation, to everyone in English.都内にある禅宗寺院の中の人。仏教、イベント、本、教育、組織、アナログゲームなど、日々考えていることを綴ります。現在仏教になじみのある方、まったく興味のない方、みなさまに読んでいただけたら幸いです。

被害妄想と自己完結は要注意

とある人のことを思い出すとドキドキしてしまう。そんなことはありませんか。良い意味ではなく、悪い意味で。「あの人は苦手である」といった、プレ抑鬱状態であったり、プレPTSD的なところでしょうか。そんなときは逃げましょうね。

モラル・ハラスメント―人を傷つけずにはいられない

モラル・ハラスメント―人を傷つけずにはいられない

それはきっと、モラル・ハラスメントを受けていたせいかもしれません。と考えてみます。
モラルをハラスメントする。
被害者の倫理観や道徳観を利用して、倫理観や道徳観とつながる被害者の人間性をおとしめることです。

この本には、モラル・ハラスメントの加害者について、被害者について、どのような性質を持っている人か。などなど例を挙げながら説明がなされています。


解説に、とある一例が載っているので御紹介しましょう。

  • 都会生まれで都会育ちのとある女性が、田舎の豪商に嫁いだ。彼女の結婚後の生活は大変で、田舎の儀式・伝統・しきたりをひととおり覚えたと思ったら、嫁姑問題がのしかかってくる。
  • 姑は表面的には優しく大事にするように見えるが、日常のちょっとした仕事に口を挟むのだった。
  • その行為は陰湿で、彼女を深く傷つけていった。
  • なぜなら、堂々と言うのではなく、独り言のように言うことで彼女の反論を封じているからだ。そうして、姑は彼女の行動や思考を支配するのだった。
  • 「私が正しい、私をみならい、私を敬い、私を尊びなさい」という圧力である。
  • 残念ながら夫は姑の味方をして、彼女の実家も味方にはならなかった(「女はいったん嫁に行ったら帰ってくるものではない」という古い伝統)。
  • どこにも逃げ場がなくなり、彼女は・・・・・・。

上記はまさにモラル・ハラスメントの典型例であり、日本的です。村八分スクールカーストでのいじめ等もそれでしょう。
村八分というと、大昔のことであって、このような社会構造は日本において崩れてきたと思いきや、そうではないようです。

  • 新社会人に対して、上司や同僚が「おい、飲みに行くだろ?」と圧力で誘う。
  • 転校生に対して、同級生が「(とあるいじめられている同級生を指さし)あいつはクサイんだ。知ってる?」と同調で誘う。


私たちがこういった勧誘にあったとき、正面からぶつかることを避けるものです。何故ならその誘いにのらなければ、加害者とその取り巻きに自分がつぶされてしまうと感覚的に知っているから。
そして、障害を避けるために努力をするでしょう。スイスイと泳ぎ切る人間だけが成功できることに羨望して。

  • 「まじっすか、当たり前じゃないですか。行きますよー」「へー、そうなんだー。だよねー。わかるー。うけるー」

じゃあ、どうしようか-予防

どうすれば、この日本全体どこにでも存在するような社会規模の問題を解決することができるか?その答えはありません。残念ながら、この本にも書いていません。
ただ一つの答えとして、知ることが大事だとしています。
予防するためにも、いま現在被害にあっていると気付くためにも。とてもベタな答えですが、至極当たり前で、大切なことです。


モラル・ハラスメントの加害者は、

  • 相手のモラルを利用するので、モラルを持っていません
  • そのため、話せば分かってくれる!と私たちが説明したとしても、聞く耳を持っていません
  • むしろ、自分が被害者であることの証拠としてしまう
  • 肥大した自己だけを持っている
  • 他人が羨ましくて、手に入れるだけではなく、破壊します
  • 責任を持たず、罪悪感も持たず、すべて他人のせいにします
  • まわりを貶めることによって、相対的に自分の地位を向上させようとする
  • 悲しそうに、落ち込んでいるように見えるのは、復讐に燃えているから
  • 主体性を持たないので、他のやり方を知らないし、知ろうともしない


・・・・・・絶望してきますが、私にはよく分かりました。表面的にはその人は能力を持っているように見えますが、その能力は誰かを支配する道具に過ぎないのですね。
こう書いていると、自分がすごく嫌な人間のように思えてきますね。でも、彼らは自分には何も無いから相手が欲しくて、手に入れたものを使うかと思いきや壊す。

感覚的なものですが、「被害妄想が激しく、自己完結している」人には要注意です。たとえば、『私が悪いわけありません、だって~だからです。当然賠償してもらいます』

じゃあ、どうしようか-現状対応

加害者は自分を褒めてもらうためにしか、まわりの人を見ていません。自分にとって存在価値があるかどうかだけ。その関係の作り方は、魅力でひきつけること。
おかしなことを言っているようですが、彼らには過剰な自信による“魅力”があり、ひきつけられしまいます。
その引力にさからって、とにかく、逃げの一手です(ちなみに追っかけてきます)

追っかけてきますが、そのうち加害者は代わりの被害者を見つけます。でも、そこで安心してはいけません。
逃げきっなたら、相手のトリガーをひかないように注意すること。すっごく不満な、姑息なやり方ですが、ほかに妥当な方法が見つかりません。


被害者だけどハッピーというのは被支配が楽なだけで、搾取されていることに違いはありません。そしてもちろん、被害者である彼らの自己責任ではない。
日本の社会のなかで良く見る光景なので、新しい問題ではないわけです。景色や前提は共有されていると言っていい。
・・・・・・どうすればいいか。考えます。
そして、人の振り見て我が振り直せ、ですね。ご用心ご用心。

モラル・ハラスメント―人を傷つけずにはいられない

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