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カンロニン:用法用量を守って正しくお使いください

I will be able to teach zazen, the sitting-meditation, to everyone in English.都内にある禅宗寺院の中の人。仏教、イベント、本、教育、組織、アナログゲームなど、日々考えていることを綴ります。現在仏教になじみのある方、まったく興味のない方、みなさまに読んでいただけたら幸いです。

新年の挨拶~社会を結びなおす

明けましておめでとうございます。今年もよろしくおねがいします。
ブログ、Facebookまちのお寺の学校陽岳寺校ウェブサイトようがくじ「不二の会」ウェブサイトと、散逸していますが、どうやって位置づけていこうかと考え中です。

http://www.flickr.com/photos/45409431@N00/15962683759
photo by marfis75

年末年始インフルエンザにて寝込んでおりましたが、やっとお寺に復帰いたしました。みなさんもどうぞお気を付けてお過ごし頂きたいと思います。
そんな寝込みつつ、後半は誰にも会えないし、でも時間はあるしで考えていたのが、お寺とご縁をいただいている皆さん自身の社会の中での位置づけでした。
お寺として皆さんへと還元できる“何か”とは?と考えているなかで、そもそもご縁をいただいている人々の立ち位置やさらされている状況を理解できなければ、ニーズもウォンツもないのではないかと。

520円でとても薄い本で、「現代の日本社会を考える上での、ある一つの視点」をまとめてくれています。
今の日本の形、日本の形に影響される家庭や仕事の行く末を考える時。そもそもの社会の形の成り立ちや変遷を知っておくことは、きっと私たちの助けになるはずです。
いま私たちは運命と宿命という川にいて、川上から川下へと水が大量に流れている。その水面に浮かぶ泡が、私たちだとしましょう。
泡の我が身としては、いつ自分という泡は消えてしまうのか戦々恐々というところです。
泡は水面に浮いているので、自分の行く末は川の勢いに任せています。自分で泳ぐことができません。
とある場所にポッと宿った命である泡は、川に運ばれる命でもあります。ポッと宿ったその生まれた場所・時間と、この先どのように自分が運ばれていくのか。橋の上から見る視点があれば、“すこし先に岩があるから”“あちらは よどんでいるから”と準備することができるかもしれません。

さて、本の内容を、さらに雑にまとめてみます。
日本は特殊な状況で経済発展をとげ、現代までたどり着いているそうです。さらに、戦後以降の日本を時代別に分けると、人口も分けられてしまうとのこと。

戦後の高度成長期 安定期 低迷期
団塊世代(1947生まれ) 団塊ジュニア世代(1972生まれ) 団塊JrJr世代

戦後に団塊世代が生まれ、彼らは高度成長を支えました。そのジュニアは安定期を。JrJrは閉塞感ただよう現代を生きています。
これだけ上手いこと分けられることができるのは、理由があるのだそうです。それは、

会社・家庭・教育の循環がとても上手くまわっていたから。&各領域の進化が同時に行われたから。

会社→家庭:会社勤めのお父さんが、家庭にお金を(安定雇用サラリーマンお父さんと専業主婦)
家庭→教育:良い学校に行ってね(高校進学の準義務化・大学進学率UP)
教育→会社:良い会社に入ってね(生めよ増やせよモーレツサラリーマンを供給)

それぞれが太いパイプとして機能していたからこそ、高度経済成長と安定期を経ることができました。しかし、“→”のパイプが太かったからこそ成り立っていた循環だったため、どれか一つでもパフォーマンスが落ちてしまうと成り立たなくなってしまいます。
たとえば終身雇用制度の崩壊・教育への意識の家庭間格差・少子化によって、会社・家庭・教育の循環から外れる層が大きくなるのでした。公的機関のセーフティネットも薄いです(子どもがいる家庭ほど生活保護費が下がるetc.)。

・・・などなどこの本には書かれております・・・

では、会社・家庭・教育の循環社会が破綻しつつある現代、どうすればいいか。
一方的で高い供給があったからこそ成り立っていた形を変えるしか無いとして、双方向を薦めています。
会社←→家庭:ワークライフバランス、男女の共働き
家庭←→教育:学校や児童保育が、家庭を支える居場所になる(例:多世代の人のつながりを育む地域の“えんがわ”をつくりたい!(辻 義和(ネクスファ)) - READYFOR?
教育←→会社:ふたたび教育を受けて、会社に戻ってくる
もちろん、会社・家庭・教育の中身そのものや、社会全体を薄く守っているセーフティ部分・アクティベート部分など、考えるべき箇所は多いです。

それぞれに活動をされている方々がいらっしゃるわけですが、お寺という地域と人に根ざす者として、どのようなことが出来るか。お手伝いできるか。これからも考えていきます。