カンロニン:用法用量を守って正しくお使いください

I will be able to teach zazen, the sitting-meditation, to everyone in English.都内にある禅宗寺院の中の人。仏教、イベント、本、教育、組織、アナログゲームなど、日々考えていることを綴ります。現在仏教になじみのある方、まったく興味のない方、みなさまに読んでいただけたら幸いです。

さがしものはなんですか~言葉と音

お寺で対話する夜第十七夜は、品川 常行寺にて開催。

◆第十七夜のテーマは "言葉と音" ◆

あるお坊さんが、学生時代に触れて以来、多大な影響を受けてきた、
あるアーティストのある曲をご紹介。
今もなお繰り返し聴いては自分自身を鼓舞するその曲の
ライブ映像を皆さんと共有することから始まる第十七夜。

あなたの心には何がひっかかりましたか?

あなたの心に刺さった歌詞、音はなんですか?
あなたを突き動かす音や言葉、作品はありますか?

まずはじめに、友光さんから曲に関連してお話がありました。
言葉と音、理屈と感覚。この対比の提示によって、みなさんの対話が一本筋の通ったものになっていた。そんな感想をうかがいました。

いつもこうして書いていますが、今回どうしようかなぁと悩みました。モチベーションの源としてのリリック、モチベーションの源なんて・・そんな・・・無いよ(多分)と。


そこで、頭に浮かんだ曲があります。それは井上陽水「夢の中へ」。
夢の中へ 歌詞 - Google 検索
この歌には、「さがしもの」「さがす(という行為)」「夢の中」「踊る(という行為)」という暗喩があります。

灯台もと暗しを、はたから見れば滑稽で。そんなことせんと夢の中に行かないか、と見えますが・・・。

むしろ、この現実を「夢の中」とみてみたい。
すると・・「踊る(踊らされている)」私と、「さがす」私と。どう違うのか。

夢の中に行ってしまえば別世界であり、違う状況に変わって云々と人は考えます。しかし実際は、どっちもどっちなんじゃないか。


「さがしもの」=わたしであるもの=モチベーションだとしたら、「さがす(という行為)」そのものもモチベーションかもしれない。
行為そのものが目的になる。本末転倒ではありません。幸せなことです。そして、夢の中という状況が変わって、昔と違って今は幸せだ・・なんて勘違いは不幸せかもしれない。

それならば、「夢の中」だろうと、夢の中にいく前だろうと、関係なく。だれかに認められたいとか、世界を変えたいとか、動かしたいとか、ほっとけと。
かっこいいを目指せば十分。もっとよくなりたい、まだまだいける。

さがしたければ、さがせばいいし。悟ってしまって探さなくてもいいわけじゃない。
わたしたちの五感は常に外を向いていて、いろいろな刺激を拾ってしまい、自分というフィルターを通して取捨選択をくりかえしている。
その刺激を自分というフィルターを通して、ろ過しなくても、ちゃんと燃料になるんじゃないか。(似て非なる話が仏教にはあります(三草二木の譬え))
そんなとりとめのないことを、今回は感じたのでした。

宗派・仕事・キャラクター、さまざまな人間や自分の発見も楽しい“お寺で対話する夜”。次回もお楽しみに。