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カンロニン:用法用量を守って正しくお使いください

I will be able to teach zazen, the sitting-meditation, to everyone in English.都内にある禅宗寺院の中の人。仏教、イベント、本、教育、組織、アナログゲームなど、日々考えていることを綴ります。現在仏教になじみのある方、まったく興味のない方、みなさまに読んでいただけたら幸いです。

ひとつの中道

~。これだけ世の中にスピードが出てきて複雑になると「地図」、つまり事前の計画は役に立ちませんし、地図を製作するためのコストも高くつきます。むしろ、大事なのは「何をしたいか」という「コンパス」をしっかりもつことで、企業でもトップがしっかりした磁石をもっていれば、現場は方向性を間違えずに動けます。
~。既成の地図をあてにしていると、すでにある道を一歩一歩前進することしかできなくなってしまいます。既成の権威を疑って自分で考えること、素直かつ謙虚に権威を疑うことが必要なのです。~。
伊藤穰一:学ぶべきは、「何を学ぶか」ではなく、「どうやって学ぶか」 « WIRED.jp

自立的なものなど何ひとつない。
地図のはじっこA、はじっこBの具合を把握するのは、とても大変だ。はじっこだと分かるまで見極めるには先人がいすぎて心が折れるし。はじっこに行く努力は想像以上だろう。
これだけ世の中にスピードが出てきて複雑な世界だ。
「地図」の把握はもとより難しい、というか無理である。それでは「コンパス」ではじっこAでもなく、はじっこBでもない、真っ只中を行くか!となるのは道理と言える。
これぞ、ひとつの中道。と“誤解”をここに申し上げる。

中道といっても、ど真ん中をいくことを言うか。真っ只中ならどこでも中道と言うか、分かれるだろう。
AとBのど真ん中バランスを保ち続けるのは難しそうだ。しかし、それはそれでAとBに見守られている、と考えることができる。
とにかくAとBを基準に考えればいいのだから。自分は何も考えなくてもいい。ひたすらバランスを取ることに集中するのみ。

そこを言うと、ひとつの中道。コンパスを持ち、あたりを見回して歩いていくのは、厳しい。孤独だし、くじけそうになる。いちおうの目的地も設定しないとなると、コンパスさえ疑わしくなるかもしれない。
さて、コンパスで道無き道を進むことに、なにかしらの良いこと・メリットを見出すとしよう。
すると、目的地は永遠に見えなくなるようだ。目前にオアシスがあるかは分からないが、大切なものは目に見えないという言葉はこういうことを指すのだろう。

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